| 第154回通常国会 |
| 2002年5月8日 憲法調査会 |
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| ○又市征治君 社民党の又市です。 今、平野先生からイェリネックの話が出ましたので、その関連からちょっと入らせていただきたいと思いますが、先生、憲法と人権について幅広く論説なさっておりまして、昨年三月に刊行された論文集の中の一つに、今お話しになっています少数者の人権についてというのも出されておりますね。そのイェリネックの、先生も御紹介になっておる講演の中には、すべての歴史上の進歩はその起源からして少数者のなせる業であった、そして、創造的な社会的行為は常に個人の自由な行為であったというふうに書かれておりまして、紹介なさっておるわけですが、したがって、将来更に民主主義が発展しても、この意味での少数者の権利を承認することはますます重要な課題になる、こんなふうに御紹介なさっております。 しかし、その前段の方に、少数者の権利あるいは人権を守ることが憲法裁判所の、つまり日本でいえば最高裁ということになると思いますが、特に違憲立法審査の重要な任務であると俗に言われるけれども、しかし少数者だからというだけでは駄目であって、その権利侵害が裁判で具体的に立証されなければならない、そうでないと多数者が作った立法がすべて妨げられてしまうという、こんなふうにお書きになって、アメリカの幾つかの判例が挙げられておりますね、そうした違憲かどうかという問題の。 こういうことを記述なさった上で、日本ではこうした民族上や宗教上の少数者は差別されていない、ただ宗教上の例として、一九七七年の津の地鎮祭訴訟の際の藤林裁判官の反対意見と、一九八八年の自衛官合祀訴訟の際の伊藤裁判官の反対意見があるぐらいだというふうに御紹介なさっているんですが、これを読んでまいりますと、何か先生は少数者の権利は宗教など内面の信条にかかわることに極力限定すべきだというふうに主張されているように読み取れてしまうんですが、この点、もう少し御説明いただければというふうに思います。 ○参考人(初宿正典君) こういう質問が出てくると思っておりませんでしたんですが、今御紹介いただいた論文は、むしろ書こうと思った動機は全然別のところにございまして、俗に裁判所の任務というものが少数者の人権を守ることなのだというふうに言われていることについて、そうではないだろうということを論ずるのがその主眼でございました。 つまり、このことを言い出すと、結局、多数決あるいは代表民主制というものがそもそも機能しなくなるわけで、やはり基本的には多数決で決まったことについて、その敗れた少数者もこれに従わないといけないというルールがなければ、国会もなくなるというか、代表民主制というのはなくなるわけでございますので。ただ、裁判所の任務が少数者の人権を守ることだというテーゼは非常に誤解を招きやすいということから説き起こしたもので、したがいまして、日本、特に今例に挙げられたアメリカではこういう言い方がよくなされるのですが、やはり、要するに少数者が少数者だから守られるわけではないということを申し上げたかったわけで、少数者であれば守られないわけでなくて、少数者であるから守られるべきだという議論は非常におかしいということをその論文で申し上げたかったわけで、ただ、こういうことについて論じたものが余りない。 先ほど御紹介になった少数意見等々の問題は、要するに、一般に、例えば最高裁判所で違憲判決が出た場合にこの違憲の判決は最高裁判所が少数者の意見を擁護したものだというふうに言えるかどうかということを考えると、そういうことを言える例は実は少ないのではないかという趣旨でございます。 ○又市征治君 それでは、今出ました裁判の関係で少しお伺いしたいと思っていますが、政治的人権の具体的な事例として、公務員の政治活動の問題についてお伺いをしてまいりたいと思います。 先生は、一九八九年から九八年に掛けて編さんをなさった「基本判例 憲法二十五講」という大変大きいものを書かれているわけですが、その中で概略次のように公務員の問題について触れられています。 国家公務員法第百二条等が公務員の政治活動の自由を制限していることも従来から非常に論議のあるところである、最高裁は、当初、憲法第十五条二項を根拠とする全体の奉仕者論や公共の福祉論でこれを簡単に合憲としていたと、批判的にここのところはお書きになっていると思います。 その後、一九六六年の全逓東京中郵事件判決や一九六九年の都教組事件判決で公務員の権利を尊重する機運が作られたと、ここは肯定的にお述べになっておられます。 ところが、その後、最高裁は更に逆転をして、一九七三年の全農林警職法事件判決、翌七四年の猿払事件判決で公務員の労働基本権を制限をしたというふうに述べられておるわけですが、これらのコメントからうかがいますと、先生は公務員にも憲法の保障する国民の政治的権利をなるべく広く認めて、規制は最小限にすべきだというふうにお考えになっているのかなというふうにおうかがいをするわけですが。 そこで、先生が紹介されているこの猿払事件最高裁判決の反対意見、四名の判事が出されているわけですが、こんなふうに書かれております。要約されると思うんですが、個人の政治活動の自由が憲法上極めて重大な権利であることにかんがみ、その制限は真に必要やむを得ない最小限であるべきだ、ところが、国公法を受けた人事院規則一四―七は、単に公務員というだけの理由で包括的、一般的な禁止を施しているのであり、公務員に実際上あまねく政治上の意見表明の機会を封ずるに近く憲法に違反すると、また、その基になっている国公法の百二条一項も、憲法四十一条、十五条一項、十六条、二十一条及び三十一条に違反し無効であるというふうにこの四名の判事は例示されているわけですが、憲法のこれだけ多数の条項を具体的に挙げて法令が違憲であるというふうに述べておられるわけですけれども、この反対意見の意義について先生の御意見をちょっとお伺いをしたいなと、こう思うんです。 ○参考人(初宿正典君) 今日の私のお話は非常に概括的なお話で済むものと思っておりましたので、事前に私のものをお読みになってくださって恐縮しております。 公務員の問題についてここで詳しく申し上げることはできませんけれども、少なくとも今の法制度はやや公務員の政治活動の自由について厳しい規制をし過ぎているというのは、別に私だけの考えではなくて、学界ではまず多数の見解だろうと思います。もちろん、公務員は公務員でありますので、そうでない一般の私人と全く同等に制限を受けないということはできないだろうと思うので、その意味で必要最小限度の取扱いを異にするということはあり得ることでございますが、現在のシステムはやや、公務員であるからという理由で、包括的かつ非常に厳しい規制をしているということは一般に言われていることでもあり、また国際的にも言われていることですので、それは私個人の見解というよりも、一般的に言われていることではないかというように思いますが。 ○又市征治君 それじゃ、時間の関係でこれが最後になるかと思いますが、先ほども有事法制の問題が出ました。現在、国会において、正に武力攻撃に備えるという言い分で戦争準備法制の準備、審議が始まっているわけですが、私は、これ自体が憲法前文及び第九条に違反すると思いますけれども、しかし、それだけでなくて、正に本日の参考人質疑のテーマである基本的な人権に関して、これから二年間でいよいよ整備をして制限をしていく、こういう権利侵害が広がっていくという、すなわち憲法第三章の国民の権利に関する諸条項を大きく空洞化をするんだろうというふうに恐れているわけですけれども。 政府は、有事法制は憲法の枠内というふうに、こう言っているわけですが、正にこれはもう矛盾した言い分、権利そのものをそういう意味では制限をしていくということになっていくわけですから、正に詭弁ではないかと言わざるを得ないわけですが。したがって、この差し迫った人権の危機を抜きにして本日の参考人質疑を終わることはできないなと、私はそんなふうにも思っているわけですけれども、正にそういう意味で、国民の政治的代弁者たる国会議員の責務としてこの点についてどうしても触れておかなきゃならぬと、こう思います。 先生は、この場で当面の政治問題について意見表明を求めるというのはちょっと恐縮なんですけれども、一つだけやっぱり、この戦時情勢下の憲法の基本的な人権について、これはドイツの例も先生随分と御研究なさっておられるわけでありますから、その点で、すなわち身体的な自由権、あるいは思想信条の自由、財産権などなどについて、最後に包括的に御見解をいただければ有り難いなと思います。 ○参考人(初宿正典君) 先ほど別の質問の中でも少し触れたことと重複するのかと思います。 法律で憲法の人権を包括的に制限できるというふうなことは、やはり非常に問題があることだろうと思いますので、ただ、すべての憲法上の権利が全く無制限というわけではあり得ないわけで、特に国民の社会生活を本当に守るために、あるいは生命を守るために必要最小限度の制限というのはあり得るだろうと。 そういう意味で、個別にかなり非常にその意味で、法律においては、詳細に具体的にどの権利をどの程度、あるいは期間を定めてなり、そういう具体的な定めで決めていくべきことでありますが、これはむしろ私どもがどうこうと言う問題じゃなくて国会がお決めになることですが、少なくともいわゆる精神的自由権を中心とする重要な人権については、基本的には制限するというのはやはりいろいろな意味で疑義が起こり得るだろうと。非常に抽象的な言い方しかできませんが、そういうことになるだろうと思います。 ただ、先ほど申しましたように、例えば一定の経済的な権利等々、これを規制せざるを得ない場面というのはあり得ることだろうと思いますので、そこは適切かつ合理的に法制度を整備していくということは必要なことかとも思いますが。 ○又市征治君 ありがとうございました。 終わります。 |
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